tannenbaum居眠り日記💤

シロート観戦者による、おもに自転車(おもにシクロクロス)関連のすみっこネタブログです。

とっかかり (TOJ東京ステージ スタート地点)

TOJ東京ステージのスタートだけ行ってきました。今年はレース自体の観戦はなしです。
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前日の伊豆ステージで大量の脚きりがあり、この日出走はたったの41人。それでも多くの観客がスタート前のテントエリアに詰めかけ、活気に溢れていた。
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  • とりあえず、今回はレース自体は観ないしポイント絞ってチェック。。ということでこの腕の刺青の人は外せない。ピッポを見たということで2014年TOJの御朱印帳にハンコをおしてもらったような気持に(苦笑)

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  • Rapha Condor JLTのテント前では、前日までにリタイアした選手がファンサービスに余念がない。長身の選手に「あなたのチームのマネジャーは?」と聞くとあそこの、ブルーの、と教えてくれたが奥の方でよく見えない、えーとえーと?と言っているとRapha Japanの矢野さんがどうぞと招き入れてくださった。

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  • おお、この人だったかー。小顔でオシャレな雰囲気。現役時代より細身になった?Tom Southam、Rapha Condorの広報担当だが今回のように監督を務めることもあるらしい。

何故この人の顏を見に来たかというと、とあるとっかかりがあったので、写真を撮らせてもらい、あとはブログのネタにしてひそかに書かせて頂こう、と思っていたところ、いきなり矢野さんに「この人はブロガーです」とSouthamに紹介されてしまった。(ちょ、ちょっと。。)

  • 「自転車のブログですか」「は、はい。。(さいきん、あまり書いてないけど。。ウジウジ)」「チームサイトのブログは貴方が書いてるのですね」「そうです」「文章を書くのを選手時代に勉強して、学位もとったって、すごいですね、両方やるのは大変だったでしょう」「そんなでもないです。大変なときもあったけど。通信課程でとった修士号だから、通学とは違いますから」「この日本遠征ののレポートも書くのでしょう?楽しみにしてますね」(終始そつなく愛想よく、顔は小さい。。)
  • ・・などと自分の印象に残った情報だけを頼りに会話し、「今日のレースではどういう目標が?」とかいわゆるまともな質問はしそびれて終わった。。

「あの、、実は私そもそもハモンドのファンでして、、例のあの時どんなかんじでしたか?」という自爆行動もやめにして(そもそもいう気はなかったけど)、写真を一緒にとってもらって、挨拶して立ち去った。ふう。
raphacondor.cc - ←チーム公式のSouthamの紹介ページ。

  • Rapha Condor JLTのサイト、広報担当として紹介されているSouthamは、選手キャリア終盤の2年間、走りながらプロフェッショナルライティングの修士号を取得、RouleurやPro Cyclingなどに執筆するようになる。
  • 2012年のチームの若者達を中心に追ったドキュメンタリーブログ "Inside Out"は、Camille McMillanの写真とのコラボで、抜粋されたものが本にもなっているらしい。

Review: Inside Out - Rapha Condor Sharp by Tom Southam and Camille McMillan | road.cc

  • ブログを見たことがあったけれど、自転車選手だったにしては上手な文章だ。とかいうレベルではなく、読ませる文章を書くけれど第一線のプロだったからものごとの核心を突いている(ような気がする:私の読解力で)という印象だった。
  • くまたろうさんはそれはもう10年前あたりから「自転車だけじゃない」この人に目を付けていたようだ。。。流石。。

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  • 今回来日メンバーは、本国でも主力部隊がレースしているので、ということで若手中心。ここまで、なかなかアグレッシブなレースコントロールを見せたりしていたようだが、こうしてみているとあまりに若くて息子の部活を見ているようだ。。(レベルが違うけど)。
  • 来日メンバーの中では、トム・モーゼスが特に将来を嘱望されビッグチーム移籍もありうるらしい。今回伊豆ステージでは新人賞ジャージを着たヒュー・カーシーが活躍している。

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  • 左から二番目がトム・モーゼス。なんとなく態度が大きい(笑)。その右が今回のチーム最年長25歳のリチャード・ハンドリー。とても頼りになるらしいが、それらしい鋭い顔つきだ。
  • なお二つ上の写真、一番手前の巻き毛の若者はマッサ―だけれど、なんとあのピーター・ケノーの弟でティムというのだそうだ。故障で選手生活をあきらめざるを得なかったとか。なんとなくリラックスムードが漂う、ミュージシャンのような雰囲気の若者。(矢野さん、解説ありがとうございました)。
  • 彼のこともサウザムの上記の本ではインタビューをしているらしい。

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うん、なんでも、始まりはとっかかりだよね。サウザムの本、買ってみようか。
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(とっかかりについて)
Britain fall short as Boonen eases home - Telegraph

  • 2005年、英国代表チームはエースをHammondとし、強力といわれる6名のメンバー(3人とかの年もあった)でマドリッドの世界選に臨んだ。前年ハモンドはロードとシクロクロス双方の英国国内チャンピオン、パリルーベ3位, Dwars door Vlaanderenも3位、を引っ提げてディスカバリーに移籍している。今思うとキャリア全盛の時期である。
  • 優勝候補には上がっていなかったものの、英国内ではポディウム圏内を期待する声もある中、ハモンドらはあえなく先頭集団から脱落、集団で41位に終わっている。当時英国はTeam SKYも結成される前、カヴェンディッシュ台頭前、Wigginsも主戦場はトラックだった。あのRaphaもようやく設立された頃。
  • その代表チームにSouthamがいたのである。

その時の英国チームのメンバー。

  • 124 Stephen Cummings (Great Britain)
  • 125 Roger Hammond (Great Britain)
  • 126 Robin Sharman (Great Britain)
  • 127 Tom Southam (Great Britain)
  • 128 Charly Wegelius (Great Britain)
  • 129 Bradley Wiggins (Great Britain)
  • レース後、英国チームの戦略担当者が辞任した。何があったかは割愛。知りたい人は調べて(苦笑)
  • ちなみにイタリアチームはペタッキでいくのかベッティーニかでごたごたしていた年でしたっけ。
  • その後、ツールを獲った人もいれば監督になったりチームのスタッフになったり。時は流れましたね。。
  • 当時の英国ロードレース事情と、現在とでは隔日の感がある。。何が一番の要素だろう。若手育成プログラム、ビッグな選手の出現、かな。。
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