tannenbaum居眠り日記💤

シロート観戦者による、おもに自転車(おもにシクロクロス)関連のすみっこネタブログです。

辻浦圭一さん

先日、シクロクロス界のレジェンド、辻浦圭一さんをお見舞いする機会がありました。

この春から東京サンエス(株)に就職した彼は、現在東京大学医学部付属病院に入院中、闘病中の重症筋無力症の症状が毎年暑くなる頃に悪化するので、今年は先手を打ってステロイド投薬をしてみるという医師の判断らしい。あと約1か月は入院生活。

  • 外出禁止ではあるものの、面会者と病院内で面談はでき、元気に会話できるが自由がなく退屈している様子らしくid:IKEMOTOさんはしばしば顔を出しており、話題のマンネリ化防止に私と根本さんに声がかかった次第。

まだ、時間大丈夫だから、とお喋りすること数時間。館内呼び出しで名前が呼ばれて病室に呼び戻されるまでノンストップで楽しいひと時でした。やはり、関西の男性はトークありきということか。。看護師さんも、辻浦さんとやりとりするのが楽しそうでした(関東人の男性患者とはきっと一味違うと思う)。
病気になる以前の辻浦さんとは個人的な会話はしたことがなく、とにかく当時の私のイメージは全日本9連覇で孤高の「白い悪魔」でした。。

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  • 池本さんとオランダにステイして本場のレースに挑戦していたときのこぼれ話たくさん。当時はとにかく生活も自転車も全方向お互い必死だったので、さして仲もよくなかったのだとか。
  • すべてのレース、会場までの行き帰り同乗させてもらえる車を誰かにお願いして見つけるのが一苦労。いろんな選手やチームに頼み込んだとか。レースに行って帰るだけでもサバイバル。
  • ステイ先のヒューブさんはステイしている選手の生活まわりも厳しく目を配る人で、ちょっとの間体を冷やすようなことをしても叱られたとか。掃除についても厳しいチェックがあったので、シャワーを使ったあときれいにして扉など拭きあげるのが大変なので、「自分はまだ臭くない」と言い聞かせてシャワー浴びるのを省略していた話とか。
  • 07年の辻浦さんの渡欧時、メインバイクが通関時のトラブルで日本に強制送還されてしまい、それを手に携えて日本から届けたのが池本さん。忙しい中面倒を掛けたのでものすごく不機嫌かもしれないと恐れていたところニコニコと「組立ておいたよ」と整備完了のバイクと登場、その後のレースもサポートしてくれたとか。
  • クリスマスの夜、男二人で行ったレストランで手招きする人物が。なんとベルギー代表チーム監督のルディ・デビー氏で、テーブルに招いてクリスマスディナーをごちそうをしてくれたらしい。等等。

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  • 次のシーズン開始までに体調を整えて、まずは頻繁にレース会場に足を運ぶことからはじめて今後日本のシクロクロスの発展に貢献してゆきたいということでした。
  • 日本のシクロクロスの競技人口が順調に増加していて、シクロクロスを走ることやイベントとしての楽しさはずいぶん浸透してきているようなので、次はレースの内容自体でより人々をひきつけるようにしていけたら。とのこと。
  • そして、自分たちが試行錯誤、体当たりで海外の舞台に挑戦していた流れを竹之内選手以降の世代にも引き継げる状況をつくってゆきたいとのこと。
  • 会場で見かけたら、遠巻きにしていないで、どんどん話しかけてもらえると嬉しいそうです。
  • あと、結婚相手も募集中だそうです(家事はこなせるそうなので仕事女子歓迎)。

そのためには、じっくりと下地作りが必要でしょうが、辻浦さんの実績と人柄でこれからどんどん前に進んでゆけるだろう、と思いました。

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20歳のときにシクロクロスのレースに出始めたけれど、どうやって走ればいいのか、と池本さんに聞いたところ、横浜に来るように誘われ、夜行バスで自転車を持って出かけたところ着いたとたんに走り始め、切り立った崖ぎわの道を走るようにいわれて、転んだり落ちそうになりながら必死で走ったところ、後ろで止ってみていた池本さんが「本当に走るとは思わなかった」と言ったのが忘れられない。という話。

これは鎌倉あたりの切り立った斜面だけれど、きっとこんなところを走ったのだろう。
本当にやるとは思わなかった、ようなことを成し遂げる人なのかもしれません。レジェンドの物語は、現在も進行形です。

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(参照リンク集:当ブログの引用もありますが、すみません)

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