tannenbaum居眠り日記💤

シロート観戦者による、おもに自転車(おもにシクロクロス)関連のすみっこネタブログです。

「絶対的なスピード。」アダチモフ疾走インタビュー

当ブログでは以前、実はSuperprestigeを完走していたあの人、という記事を書かせていただいたことがあるが、その後も「恐るべき体力」「最近レースで見かけない」「自転車店はどこへ」「木こり」「チクテベーカリーのご亭主」「PTAと町内会で活躍」という噂の足立さんは神出鬼没。有名なチクテベーカリーにライドで出かけるサイクリストたちの間でも足立さんはどんな人か知らない、という人も多い。そんな彼(アダチモフ)がスポーツディレクターをつとめるチームのジャージを一新、エリート選手を複数獲得したというのでインタビューをさせていただきました。長時間疾走トークをどうもありがとうございました。
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(話が切り替わるときのコーナーからの立ち上がり速度に時折ちぎれながら、専門的な知識がない私なりにまとめてみました。)

1. フリッツェンのチームについて
https://www.facebook.com/Frieten-UGWorks-Bio-Racer-Cycling-Team-192156284197196/timeline ←チームのFBページ。
1) チーム名について

  • それまでのU.G.Works-Bioracer Cycling team(以下、「UGチーム」)を短くFrieten(フリッツェン)にしようと考えました。Frietenは、池本選手が宇都宮ブリッツェンをもじって「横浜フリッツェン」と名乗って遊びで写真を撮ってツイートしたりしていたのが由来です。*1

2)新加入選手二名について

  • チームのメインスポンサーは(株)アンダーグラウンドワークスで、ワンピースのジャージを新たに支給してもらえることになり、デザインを考えていたところ、中間選手は近年佐宗監督の家に泊まったりチームのメンバーとも交流が増えていて、ちょうど、チームの新しいワンピースジャージを計画中に「今のジャージはワンピースではない、ワンピースが着たい」という話をして来たので、うちのを着る?と言ったんです。
  • 池本選手は実質今までもピットや移動で同行したりサポートしていて、しかし彼はSuperprestige完走者しかチームメイトとして認めない、と豪語していたのもありUGチームは、じゃあ、サテライトだ!的な位置づけで絡んでいました。今回ワンピースジャージ計画中に「横浜フリッツェン」の名を使っちゃうよと言った所から、同じジャージを着ることに*2いわば、ジャージの新調に伴った話の流れの中で2名が合流した感じです。

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パワーライダー、中間森太郎選手。
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悪路で技術が生きる池本選手。
3)ジャージのデザインは、今流行中の「カルチャー系」ジャージと、やや雰囲気が違いますが。

  • ヨーロッパのチームジャージはスポンサーのロゴとスポンサーカラーの組み合わせ。その路線です。供給スポンサーと、チームメンバーの自営する会社や自分のロゴも入れてあります。

4)ジャージのロゴの中に、デリリウムのピンクの象がありますが、使用許諾を受けるのは大変だったのでは?

  • 当初、モルトガットDUVELにラブコールを送りましたが、断られた為、私がデリリウムの輸入者と知人だったので頼み込んで許可と一緒にロゴデータを頂く事に成功しました。

5)エースは誰ですか?

  • そのとき一番強い者がエースです。来週は私かもしれません。

6)チームで目指しているのはどんなことでしょうか(メールで聞いた質問)。

(足立さん提供の写真。)

私の求めている物はこういう、雰囲気的ななにかなのです。 チームで何をというよりは。 単純にレースを見に来ているシーンですが、20年前はこんな事をしている人達はまずいなかった(今でこそ宇都宮等で多く見られますが)向こうでは、こういうスタイルが当たり前で。 仲間が集まれば商店街に募金を募りウェアも作るのが当たり前で。
そして、レース会場では意外にレースそっちのけでおしゃべりに興ずる。例えば、レースを見に来る人たち全部が大して自転車とは縁のない人だったりするけど、観戦に来ましたというような、ヨーロッパの時間というか、文化に入り込むアイテムが、私の場合は自転車だったのです。
そんなスタイルにも憧れて実践していたら、(恐らく)ちょっと異質なプロトンができていました。

 1999年 Verona 世界選手権にて。
 
(足立さん提供の写真:↑パッと見、今の足立さんたちのチームが王滝や野辺山でとった写真かと思いました。)
(・・・文化的な。つまり、いまはやりのカルチャー系チームなのかな?)
7)エリート選手が本場ベルギー遠征をするという話ですが。

  • 今年の年末、池本、中間選手の二名がSuperprestigeのDiegemとBpost Bank Series(旧GVA Trophee)のLoenhoutを始め、オランダのローカルレースに数戦参戦予定です。
  • 中国、アメリカと遠征する選手は最近もいますが、本場はやはりベルギーオランダでしょう。というのを打ち出します。

ベルギー。オランダかぶれを体現するための文化系チームなのか。。。?)
竹之内選手が9月に今シーズンのレース予定を発表したときの足立さんのFBポスト。https://www.facebook.com/harunobu.adachi/posts/863882553681257?pnref=story

うちのクラブと被るレースがありそうだ。結果は出せないのは判っていても、後世に伝える為の挑戦だってある。(もちろん自己満足だってあるさ!)本場の嵐に吹き飛ばされるのも、また一興。何時だって両手を広げて、私たちの挑戦を待ってくれているのは、アメリカや、中国だけでなく、本場ヨーロッパも同じ、ただし、礼節を知っていなければアウトなのが彼の地だ。うち、怖いと評判で、後世の世代が寄ってこないけどw
Posted by 足立 晴信 on 2015年9月25日

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(走ったあとは、冷やさないように首に薄手のタオルを巻くのを本場の選手たちはやっているそうです。)

2.ベルギーで走っていた時期について
1)足立さんはそもそも、ロードレースの修行にベルギーに通っていた、と聞きましたが。

  • 修行というより向こうに行って、お気に入りのカフェをみつけて通う、レースに出られるコンディションのときは、ベルギー車連の"Sprint"を見て当日申し込みできるレースに出る、というもので、足掛け10年12〜13回くらい、走ったり、観戦するために渡航しました。ロードレースとシクロクロスの両方をベルギーで走ったんですが、私が最初に出かけた海外は、ベルギーシクロクロスです。その話がなかったら、知り合いの日本人が実は、現地でプロ選手をやっていたので、南米コロンビアでロード選手を目指していたかもしれないですね。
  • 最初はツーリングがしたかったのですが、ツーリングバイクより付属品が少なく安いロードバイクを購入したのが始まりでした。ロードを買ったからレースにもと、自転車競技同好会のある工業高校に進学しました。
  • 自転車部ではトラック競技中心だったので、先輩から借りたサイズの合わないピスト自転車でトラック競技を中心に走り始めました。そこでは個人追い抜きが得意な中距離選手で、周回を重ねてもラップタイムがあまり落ちず淡々と周回をこなすタイプで県大会では優勝できた位のレベルでした。もともと遠出=サイクリングがしたかったので長距離ばかり走っていました。お金がなくて補給食が買えず、公園の水を飲んではお腹を満たして走ったりなどしてたので、ドクターストップがかったこともあります。
  • 長距離のおかげか心臓は大きく立派なスポーツ心臓になり、肺を圧迫して逆に肺活量が一般平均より少ないほどになりました。心臓の弁も一つ伸びすぎていて不整脈が時折ありますが・・・。
  • 近年、練習をまるっきりしていなくても、ちょっと走って筋肉に刺激と感覚を与えてやれば、結構走れるのは、大きな心臓のおかげだと思っています。
  • 高校を卒業して、自転車店でアルバイトを始めたころから、兎にも角にも、海外のロードレース情報をイタリアの自転車雑誌Bici Sportや、当時出始めたレースのビデオなどで収集して、走り方から食べ物なんかを真似をしていましたね。自分は食べ物でもなんでもルーツに興味を持つ傾向、人と違うことをやりたい傾向がありますね。

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2)シクロクロスはどのように始めたのですか?

  • 高校を出てアルバイトをしながらロード選手を目指していましたが23歳になり大学進学した同世代も就職する年齢なので、そろそろ私も就職をするべきと考えて、建設関係の会社に就職しました。その前後、神奈川高体連と町田の高田フレンドで同期だった水竹氏に誘われてシクロクロスに参戦し、とんとん拍子に昇格したんです。始めて二年目に当時のシクロクロス全日本選手権が初めて開催され、そこで5位か6位に入りました。藤森氏が、最初から世界を目指すようにという方針でAJOCCを運営していたので、当時の選手たちは皆めざすは世界、というスタンスで走っていた時代でしたね。

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2011-12シーズンのGPミストラル第一戦にて。
3)ベルギーに遠征するようになったきっかけは。

  • 世界選手権の代表メンバーには全日本選手権表彰台の3人しか入れなかったんですが、藤森氏が代表メンバー以外のUCIポイントを持っている選手にもワールドカップ参戦を呼びかけていました。そのような形で声がかかった佐宗氏(全日本4位)が私を誘ってくれ、私も行ってみたいと参加しました。就職一年目で気が引けましたが、代表チームに同行してヨーロッパで走ると会社で説明したところ、逆に励まされて送り出してもらえました。当時日本人選手が多く宿泊先として利用していた、ベルギーB&Bを営む佐々木さん宅に泊まることとなり、その後も佐々木さん宅を拠点として夏もベルギーに通うようになりました。
  • むこうには名物のベテランレースアナウンサーがいて、Superprestigeを完走できた後は、何年たっても、「Superprestigeを完走した事もある、日本では強い選手だ」などとアナウンスしてくれてました。

4)足立さんは国内よりもベルギーのレース向きだった、と聞きました。

  • 日本にいるときも私はヨーロッパのレースの様子をイメージしたところから、脚を止めず長い距離を走る練習したり、ロンドヴァン尾根幹などと、仮想ロンド ヴァン ヴゥランデレン コースを作り上げ、”クラッシックレースごっこ”と称して走っていたので、日本のサーキットコースだったり、ごちゃごちゃしたコースよりも、ヨーロッパの高速を維持する荒れたパワーの必要なコースのほうが向いていました。だから、ディーヘムも夏のケルメスクルスも初参加でいきなり完走することができたのだと思います。


(初めてのケルメスクルス 逃げる3人を追走中、写真中央少し右白いヘルメット:足立さん提供)

  • アドレナリンの出方として、何度か強烈なスプリントがあると、脳内の何かが爆発してノリノリになるので、高速でテンションを保つ必要があるレースに向いていたのかもしれません。逆に、クロスなど日本の細かいコースだと、エンジンが回せずノッキングを起こしてそのまま終了してしまうようなことがありました。
  • その前から海外で走っていた選手や関係者たちは、私が最初からベルギーのレースで走れていたのを皆驚いていました。日本のワークス選手でも海外のレースを初めて走ると、まず高速に順応できずはじめのうちは完走などできないのが普通でした。
  • ロードは、道路をクローズドしているので第一集団に残れなければ、トップ通過後5分もすれば下ろされてしまいすし。クロスでは1周遅れれば、邪魔なので下ろされてしまうのがほとんどでした。
  • 日本のクロスコースは広い場所を確保しづらいという事情もあって、狭い場所にテクニカルな工夫をして作られる物が多かったり、どうしてもマウンテンバイクのクロスカントリー寄りなコースになってしまいがちです。

ヨーロッパは広いスペースの中にレイアウトされていますから。

  • また特に日本食を持参したり枕を持参する必要が私にはありませんでした。ベルギーに行ったら、ベルギー料理だけを食べても全く問題なく、そういう点も大きかったように思います。
  • 最初からベルギーのレースに順応して走れているので、これまでの日本から来た若い選手たちと違う、と思った向こうの関係者に、お前何歳だ?と尋ねられ23歳、と答えると、今まで見た日本人の中で一番走れているけど、もう23かベルギーにくるのが遅かったな、などと言われたこともありました。(日本人は若く見られる傾向があるので。)

なので、仮に選手を目指すなら早めに行って、見切りをつけないといけないのでしょう。
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(2011-12シーズンのGPミストラルにて)

5)何を目標としてベルギー行きを重ねていたのですか。

  • ベルギーにいって一番やりたかったことは、プロのビッグレースと同じルートを自転車で走ることで、あちこちを実際に走ってみました。

その中で、私の出せるスピードとプロのトップ選手のスピードの違いを実感して、ああ、私には無理だったかもしれないというか、なんてハードな世界だったんだ、と改めて思い感動しましたよ。
“俺のやってるスポーツは、なんて素晴らしいんだ!”だなんて

  • 私は、お世話になりませんでしたが、向こうでは競技に詳しい医師が一回10ユーロぐらいで選手にアドバイスしてくれるというのがあり、心拍などのデータからメニューを考えてくれ、食事のアドバイス、足りない選手にはビタミン剤を処方してくれたりします。
  • 課題をクリアできると「サイクリストレベル(プロになれる)」、しかしこれができないとなると「ツーリストレベル(プロになれない)」、というのをきっぱりアドバイスしてきて、向こうの若者はそれを参考に早い段階で道を決めていきます。大器晩成タイプかもしれないからなどと、バイトで食いつないでもうちょっとなんて雇用状況はまずないですからね、あちらは。
  • プロになれるか、ロードの成績が良くても、クロスもそれなりに走れないと、黄色が点灯します。そういう環境で走ることで自分の中で整理がついていったような感じです。

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(2014-15シーズンの湘南シクロクロスにて)

6)今シーズンはC1復帰を目論んでいるという話ですが。

  • レースに出なかったのは、出場するからには、それなりの位置で走って勝負をしたいですよね、レースに参加するんですから、勝負しないと。今は自分の出場カテゴリーを下見して目標とする選手を決めてその選手をロックオンします。今回の野辺山カテ2では、先日の幕張で下見でぶっちぎりの高校生の織田聖君についていけて、あのおっさん誰?とか言われたらいいなと。勝つには脚が足りないと思いますが、昇格はできるでしょう。

(※このインタビューをしたときは野辺山のレースの1週間前でしたが、記事を書いている前日の2015年野辺山スーパークロスの1日目C2、足立さんは3位(C1に上がる対象外の高校生2名を除くと1位)でいきなりC1昇格を決めています。正直私も有言実行ぶりにびっくりしました。)
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(久々のレース姿。Kikuzo photoさんのパブリックドメインの写真から。)

3.トレーニングやコースについて
1)以前何人かを集めて、シクロクロスを教えたことがあるようですが、そのときの足立さんの練習メニューが、ほかの一日教室で得たことよりも一番役に立っているという人がいました。日本の現在のシクロクロス選手の人たちについて気づく点はなにかありますか。

  • 数人でできればよいけれど、一人でやる練習はスピードの違いがあるんです。
  • テクニック練習をやるにしても、レース時の高速をイメージしてやらないと本番のコーナーではオーバースピード転ぶか、思いっきり減速してしまうでしょうし、シケインは、踏切位置が全く変わって練習時のイメージと違いすぎてうまく飛べなかったり。例えば、高速でシケインを越える反復練習はどうすればよいのか?その辺を考えて工夫してできるかなどが大事ですよね。

それと夏場にロードレースを走ることが重要です。Nysだってほかの有名選手だって、夏に自分に合ったレベルのロードレースにでて、成績をそこそこ出したりするぐらいにロードも強いです。ピストも効果絶大だと思います。
その前に体の基礎体力がないといけないと思うのですがね。

2)スピードの海外との差については、米国遠征した選手からも、中国遠征した選手からも同じように聞きました。では、日本の選手は、今後スピード力をつけるためにはどうすればよいと思いますか。

  • 回転数やワット数にとらわれている人が多いように思います。私は高回転で回すペダリングではなく、重いギアを踏んで、そのあとのスムースな処理というのを考えています。結果的には重いギヤを速く回す人が速いのですから。
  • ワットなどの参考数値もよいですが、データにとらわれるのではなく、絶対的スピードを身に付けなければならないということです。追い風で時速50キロ、向い風でも時速50キロで走ろうとするとワット数は全然違いますからね。わたしは、ワット計などを上手く使える人を羨ましくも思いますが、多くの人は、上手く使いきれていませんよね恐らく。

ジーパンの腿周りがきつくなってきたなども有用な情報ですよね。簡単なのでそっちを使っています(笑)

  • 日本は軽いギアで高回転を尊重する傾向があります。私はベルギーで時速30キロで走っているときに、ママチャリのむこうの女子高生に抜かされたことがあります。彼らは環境的にも重いギアを踏むように育っているんです。
  • 峠に友達同士で出かけて掛け合い練習、勝った負けたというのをやってる人たちは数回の掛け合いや1回のヒルクライムで満足を得るまで追い込むけど、行き帰りの長時間の道のりをゆっくり走っていたのではせっかく長時間を割いた練習の日に、身になるのはほんの少しの時間ですよね。
  • コンビニでSNSに上げる写真を撮って、地面に座ってゆっくりしている間に心拍は落ちてしまう。

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  • また、有名な強い選手が例えば空気圧を1.5にしていると聞いてそれをまねる人がいますが、その選手の体重やその他色々なほかの要素との兼ね合いで、その選手が築いてきたものであるのにもかかわらず、数字やセッティングを部分的に取り出して真似しても自分には合わないかもしれないことを考えるべきです。試すのは自由ですが。

2)若くて、上のレベルを目指す選手についてははどうですか、また、若手の育成をしてみたいと思いますか。

  • 若い子は自転車だけでなくほかのスポーツをやるなどして、身体を作る取組をしないと、伸びないのかなと思います。
  • いまの若い人には積極性、冒険心など無いのかなという感じを持っています。脚があっても心が負ける人多いです。
  • あえて私のことを調べて、是非にと門戸をたたいてくるような人がいれば、インターネットでは見つからないアドバイスくらいは与えてあげることができると思います。

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3)レースのコースについてですが、ヨーロッパのレースを走ったり、見てきたりした人たちは日本のコースは全く別物と言っていますが。

  • コース的には、もう少しスピード乗せ切ってから落とさせる、再度加速とか。日本の敷地的問題も関与していますが。
  • 場所がなければ楕円形でぐるぐる回るのでもよいと思うんです。以前、古賀さんという人が主催していた狭いところをロードでぐるぐる回る古賀クリテに参加していたことがあります、建設業界週にただ1回の休みを、車で3時間も4時間も掛けて、1時間の賞金付きレースに出るんです。実力に応じてハンディキャップがあるので、脚の差があっても賞金が取れる可能性があるので、皆、楽しく必死に走れてスピード力が鍛えられたと思います。積極的に参加した時は、クロスの成績もよかったですね。

私の想い描く行き着く先とはFast Crossです。 ロードでも、共通事項なんですが、まあ、なんで国内が伸びないかってとこなんですが、海外挑戦と言っても、その前段階ができてないんですよね。

楽しみの部分でのファンライダーは、増えましたが、新規で、心血注いでやったろー!て競技志向の人は、なかなか出てきていない感じですね。 小坂さんや丸山君などがずっとあそこの立ち位置にいるのが、レベルの停滞を物語っているんですからね。
小細工必要なコースばかりでなく、ドカーンと踏みっぱなしで、パックが出来るコースもあってもよいと思うんです、マンネリ化しないようにゲーム感覚を取り入れて。集団で終えるから、光が独走できない的な。そしたら、逃げる光はもっと強くなれる。
それをやるのが、フリッツェン?年末転職出来たら、そういう事もやってみたいです。

文化的にも体育的にもドップリ濃いめの色あいで、泡立つような熱いお話を聞くことができたところで、長いインタビューを終わります。

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(追記。今回、記事を書くのに検索していて見つけたリンク)
http://cozzy.biz/?eid=1791 ←雪の東京シクロクロスで出会った「風格のあるお兄さんの的確なアドバイス」、と福島コージさんに感銘を与えたシーン。
http://www.fujitv.co.jp/baby-s/file180.html ←なんと、TVの子育て番組で取り上げられていた。確かによいお父さん。

*1:なお、「横浜フリッツェン」という名前で京都で行われたRapha Gentlemen’s Raceに辻浦選手、澤田(日本代表チーム監督)選手、池本選手、足立選手で参加し、ジェントルマン賞を受賞したこともある

*2:ただし池本選手の今季のジャージ一式はBIORACER JAPANからの直接サポート

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