tannenbaum居眠り日記💤

シロート観戦者による、おもに自転車(おもにシクロクロス)関連のすみっこネタブログです。

少年は荒野を目指す

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今シーズン初めて、念願の飯山ナイタークロスを観戦することができた。何年か前雪中ナイタークロスとしてベルギーの新聞サイトに「過酷な条件に強い日本人」と取り上げられた。(Diegemまつり#2)「Meeusen向き」飯山ナイタークロスに反応したDiegemオーガナイザーは親日家? - tannenbaum居眠り日記💤


・今年は非常に冷たい雨。雨装備で手が凍えそうになりながら撮影。この時C2レースで帯同したFRIETENから昇格者が出たので、C1のナイトレースは殆ど見なかった。

・本部テントに若い選手がレースを終えてやってきた。途中リタイアの雰囲気ではない。ああ、高校生。信州クロスでは強いジュニアはC1と混走することを思い出した。
・冬の雨中夜間レースは止まった途端一気に凍える寒さ。その選手は急いで戻っていった。

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 翌日二日目昼間のレース。一転すばらしい好天。そしてまとわりつく泥。

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上位選手たちが降車を選択して小回りで駆けてゆく下って登る鋭角コーナー。彼らは乗って通過できないわけではないが、効率やリスクなどを考慮しての選択だったらしい。
・一人毎周乗車で通過する選手が。確実にロスなくこなせる自信があるのだろう。
リストをチェック。なるほど、彼が松山工業高校の村上功太郎選手。
・世界選に行った選手は一味ちがうと沿道の声が聞こえたけれど、大人たちに混じって自信に満ちた走りをしているようだった。MTBの選手なのかな(あとで確認したらそうだった)。

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(MCから雰囲気硬い表彰台(笑)と言われていたその日のジュニアの表彰台)

・このとき表彰台の小島選手はこれまで関東のレースで大人たちを置き去りにする姿を幾度となく見てきたし、橋本選手も前夜のC2混走でトップでゴール、人材を輩出し続ける信州の底力を見た。
・そして西には強い若手が何人もいると聞いていたけれども、まだまだこれから楽しみは尽きないなホクホク、と思った。


・その後本人とFacebookで繋がったところ、彼に言及する村上君のお父さん征士郎さんの投稿がタイムラインに。息子の単独渡航に保護者が同意するというベルギー当局への?提出文書に外務省のアポスティーユ証明を取得したというもの。
・自分は業務上アポスティーユ取得の必要がある時期があり面倒さは知っているが、お父さんは自力で調べて松山で公証人の署名証明取得→法務局の公証人押印証明を取得→外務省に郵送申請でアポスティーユ証明の取得まで処理していた。
・そして息子は単独渡航。とことん自主的に物事をすすめる親子のよう。
・でも、ベルギーではどうやってレースに出るのだろう?


そして迎えた全日本選手権。現地に出かけられず、有志(小金井三郎さん)の実況ライブで観戦。いつ誰が抜け出すかという緊迫した展開の中、村上選手が絶妙なタイミングでアタックし優勝。本人の頭の中はクールなんだろうと思った。世界選手権では10位台を目指したいとゴール後のインタビューに答えていた。
そして以下のお父さんの投稿。

MTBアジアシリーズ・マレーシア大会への単身遠征で、海外にチャレンジしたいという意欲が。
・CXシーズンは世界選に照準をあわせ、自分でリサーチしたところ年末年始に短期間にUCIポイント獲得可能なレースが固まって開催されることを知った。
・上述のマレーシアで一緒だった竹之内選手に帯同させてもらえないかと問い合わせをしたところ、快く引き受け、レースもサポートも手配をしてくれた。
・チームが同じというわけではなく躊躇があったけれど、思い切ってよかった。
・長年竹之内選手をサポートしているランジットさんの向かいの家に滞在する。宿泊先では自炊。
・ランジットさんの息子と同じレースに出場し一緒にサポートが受けられる。


レースや競技の内容のみならず、今後の人生で活きる色々な力が身につく遠征になりそう。

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 12月22日から1月4日までの2週間で4レース、出場レースにはワールドカップのHeusden-Zolder (12月26日)も含まれる。

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かつて鈴木雷太選手から始まったと言われる、日本人の海外レースへの挑戦。竹之内選手が継続してきたものを次につなげることができるのか。

 

若い選手、いや若くなくても向上心とチャレンジ精神を持つ、そんな人々を目の当たりにできる事が私がこの競技を見る楽しみの一つ。

 




 

 

 

 

 

宿願

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(Photo by Masakazu Abe)

ゴールで待ち構えながら息子の優勝に感涙に咽ぶ父親、じつは元選手、というシーンは世に多くあると思う。しかし、同じ舞台でいまだ国内トップ10を走る父が、息子の優勝ゴールの瞬間にすぐ後ろで走りながら同時に手を上げガッツポーズするというのは、他ではまず、起こり得ないのではないか。

 今年の全日本選手権に「マサノリが勝つのを応援しに行く」と言っていた佐宗広明さんに、小坂光選手の優勝が決まった直後にメール(メッセンジャーでなく携帯キャリアのメール)したところ、「涙が止まらなかった」という返事だけが返ってきた。

その後、ヒカル選手の優勝ゴールのガッツポーズと同時に、7-8位を走っていたお父さんがガッツポ-ズをしていたと聞き、なんという親子、と思った。その瞬間を佐宗さんは「シクロクロスの神様が小坂親子に舞い降りた瞬間」と。

「クロスの鬼」と言われた佐宗広明さんがFacebookに投稿した文章をご本人の了解を得て全文紹介。

【第23回シクロクロス全日本選手権大会

シクロクロス全日本選手権大会、第1回が開催されたのは1996年1月14日、原村にある自然文化園だった。シクロクロスミーティングの最終戦を兼ねていた。記念すべき初代チャンピオンになったのは愛三工業の大原満。2位は強豪MTB選手だった西田和弥、3位は『オレ様』こと牧野弘樹である。当時から『クロスの帝王』と呼ばれていた小坂正則は体調不良から前日に行われた長谷村の試合を欠場し、初開催の全日本に備えたが残念ながら終盤に落車負傷してリタイアとなっている。それから数えて今年の全日本が第23回となるが、その間には幾度か小坂(マサノリ)がタイトルを獲るチャンスがあったと思うのだがプロ選手ではなく国家公務員として競技を続けるマサノリは一歩及ばずに無縁だった。

年月が過ぎるのは早いもので原村の全日本選手権が開催された頃には小学校にも上がってなかった息子の光(ヒカル)が10年程前から頭角を現し、大学卒業後もプロ選手としての道を選ばず宇都宮市役所職員となり選手としての活動を続けている。数年前の全日本では親子で表彰台に上る姿を見るまでになった。そしてヒカルは国内のビッグレースに勝利を収める存在となり、全日本でも毎年、優勝候補の一角に挙げられ、所属する宇都宮ブリッツェンの地元開催となった昨年も悲願のタイトル奪取なるかと思われたが、残念ながら3位に終わっている。

そして迎えた今年の全日本、場所は小坂家のある佐久市からほど近い、野辺山高原・滝沢牧場。2週間前には例年通り野辺山2dayが開催されて多くの参加者、観客で賑わった。注目の優勝候補として自分は、ヒカルの他に、昨年の覇者である沢田時(ブリヂストンアンカー)、前田公平(弱虫ペダル)、過去に4連覇を達成している竹ノ内悠(Toyoフレーム)の4人を挙げた。そこに昨年2度目のU23タイトルを獲得して今年からエリートに上がった横山航太がどこまで食い込んで来るかが注目される。

金曜に降った雪は大した量ではなくエリートがスタートする14時にはコース上は土が露出する部分が多くなっていた。野辺山名物の泥区間も11月に行われるときに比べて酷くないようだ。レイアウトも舗装登りの直線が二つに分けられて短くなっているため、パワーで押し切るような勝負どころがなく、細かなテクニックの差と決定的なミスをしないことが勝負を分けるのではないかと思われた。

朝からジュニア、U23、女子エリートの試合を各地で見守った結果、ゴール付近にある馬車(?)の上で定点観戦することを決めた。定刻の14時、69名の選手がスタートを切った。第1コーナーから最初の登り区間、大きなトラブルもなく無難にスタートが切られた模様。そこから4名が抜け出す。ヒカル、前田、沢田、横山の4名が後続を引き離して馬場から上の舗装に消えていく。その後方に竹ノ内、ベテランの丸山厚が続く。(丸山は自分が『鬼』を演じていた頃、世界選手権代表になるなど有力な高校生4名の一人として走り始めた。)

2周目の途中で発表された周回数は予想通り8周。先頭の4名は互いに仕掛け合い、誰もが何処かでミスをしているようで、4周目辺りではヒカルと前田の2人と沢田・横山の間が20mほど開いたように見えた。ヒカルも何度かミスをして離れる時間帯があったがその度にすぐに差を詰めて先頭に戻る。今回は好調なようだ。

すると今度は前田がミスをして遅れ、代わって横山が一気にヒカルに追い付き、ヒカル&横山、前田&沢田のパックに分かれる。そしてヒカルと横山のマッチレースになると思われた残り2周の馬場から舗装登りへのアプローチで横山がまさかの落車、ヒカルに10秒ほどのリードを許してしまう。しかしテクニックに勝るであろう横山は(大雪の飯山大会をブッチギリで連勝したときの走りが忘れられない)諦めておらず少しずつ差を詰めて5秒ほどに詰め寄る。

迎えた最終ラップ、その差5秒を保ったまま上の牧草地、バギーコース区間へと消えていく。それまでは他の選手達にも左右から声援を送っていたが終盤の2周回はヒカルと横山の位置関係を遠目に追い、時計の針を見ながら秒差を確認することに徹して2人以外の姿は見えなくなっていた。ただし、ヒカルの父、マサノリが同じくスワコの兼子を従えて7位を走行していたので激を送り続けた。そしてなんと、ヒカルがフライオーバーを越えて大きなリードを保ったまま最後の舗装区間に入るころ、父マサノリが上の区間から降りて来る。すかさず『ヒカルがもう直ぐゴールするぞ!勝てるぞ!』と伝えると、ヤツはコーナーの度に目線をヒカルの方に向け、さらにヒカルがゴール前の直線に差し掛かるタイミングでマサノリは隣の直線を走っていて息子の勝利を確信した瞬間、両手を大きく天に突き上げていた。シクロクロスの神様が小坂親子に舞い降りた瞬間だった。自分も脚が震えて涙が止まらなくなっていた。いつの間にか近くに来ていたミレイ窪田氏も同様で、ガッチリ握手をして長年の夢が実現した瞬間を分かち合うことが出来た。

自分とマサノリは同い年で引き合いに出されることもあるが、彼とは身体能力、センス、勝負への拘り、どれをとっても比べるべくもないのだが、クロスは1年先輩、MTBレースも数年先に始めていたためか、何かと親しくさせてもらっている。自分が参戦していた頃から含めて毎年、全日本選手権ではタイトルを獲ってもらいたいと応援して、ここ数年はそれがヒカルへと移っていた。自分は彼らの親戚でもないのだが、何だか甥っ子が全日本チャンピオンになったような気がしてならない。

やったね!ヒカル。良かったな、マサノリ。来年はオヤジが獲る番だ!!

先頭争いを繰り広げた横山、前田、沢田の3選手にも賞賛の言葉を贈りたいと思う。6位と健闘した丸山厚の走りも嬉しい。さあ、来年の全日本選手権の展開は如何に…

 

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(Photo by Sasou-san)

文章にあるとおり、かつて競い合ったライバルであり友でもあり、そして日本のシクロクロスのトップグループをずっと走り続ける小坂正則さんの日本タイトルを応援し続けてきた身近な支援者が佐宗さん。

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(Millet.Kさんが佐宗さんのカメラで撮影)相好を崩す小坂正則さんと感無量な表情の佐宗さん。最終周回、Millet.Kさんと佐宗さんはすでに泣いていたらしい。

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(Photo by Sasou-san) 甥っ子が優勝したよう、というヒカル選手の優勝。

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(Photo by Sasou-san) 表彰式にて。なんとも嬉しそう。

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(Photo by Sasou-san) ヒカル選手の佐宗さんに向ける目は、飾らない。

毎週末父に連れられ過ごしたレース会場で育った小さかった男の子が、ついに頂点に立った。

 

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(96年、バイシクルクラブの特集記事、第一回シクロクロス全日本選手権で負傷しながら先頭の大原選手を追おうとする小坂さん)

http://www.hi-ho.ne.jp/millet/TUP/backnumber/95-96/79b.html ←Millet.KさんのTUNE UP PRESSによる詳細

http://tannenbaum.hatenadiary.jp/entry/20130221/p1←関連の当ブログ記事

佐宗さんの上の文章をよく読んでいただきたい。

やったね!ヒカル。良かったな、マサノリ。来年はオヤジが獲る番だ!!

 

シクロクロスの神様が再び舞い降りても、けして不思議なことではない。




DNF、失意を乗り越える6つのかんたんな方法

スタートは順調、徐々に順位を上げてゆく自分、さて、これから。。!というときに。

 (今回の写真は、本文とはあまり関係なく、シチュエーションも一致していません)

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(Photo by Yoshimatsu-san: 足立さん@野辺山 DNFしていませんが、痛い落車)


DNFした日曜日のレース後、週明けのFacebookには表彰台フォトを添えた選手の投稿に無数のイイね!が付き、リザルト表には自分の名前の横にDNFの文字がどーんと記され、ランキングや次回のスタート順に影響があるかもしれないし、週明け自転車ショップに出費のかさむお出かけが必要になるかもしれない。

 

www.cxmagazine.com

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(Photo by Yoshimatsu-san: 足立さん@野辺山 DNFしていませんが、痛い落車)

CX Magazineのお楽しみ記事コーナーに掲載されたAmy VanTasselの「DNFになったあとのプロ的対処法」という記事は、心理学的なアプローチ?で失意のDNF後の気持ちの持っていき方を提案している。(全部訳しては居ません。わからないところもあったし。)

1.糖質に身を委ねる

DNFした貴方はレース前カロリーを摂取しそしてDNFによってそれを使い切っておらずそういう事をする自分を批判したくなるかもしれない、でもますはすぐにビール。

運転して帰る場合や飲めない場合はフライドポテトのワゴン車のところで涙を落とし、ソースは追加で、そしてけして振り返らないこと。

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2. きめつけ、断罪、決定の禁止

「次の週末にはレースにエントリーしない」「このタイヤではもう走らない」「このカテゴリーで走るのはやめる」「レースにもうお金は使わない」など何かを評価、決断しようとしたり、今後の計画を行うことは当面回避する。少なくともDNFした当日は禁止。 

 

3.偽善者の衣を脱ぎ捨て、ヤジる

心にもなく他者を褒め称えたり上品ぶった格好つけは苦々しい気持ちを増すばかり。DNFした日こそ友達をヤジる時である。会場をうろつき、彼らに厳しさを味わせる。

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(野辺山にて:これは友を応援しているところ。。のはず)

レースアナウンサーや、運営関係者、ヤジっている人達など、普段あまり野次られにくい人々をヤジってみるのも一つの方法だ。いい反応が得られるかもしれない。


4. 自分の車に引きこもらない

DNF後、すぐに帰宅したいと思うかもしれないが、わたしは貴方にそうやってそのままダークサイドに落ちてもらいたくはない。人づきあいの世界にとどまるべき。
チームテントの片付けを手伝う、他の選手のピットを手伝う、運営者と仲良くするなど。そんなちょっとした行いが翌週の貴方に悪い影響を与えることはない。

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 (小貝川にて。これはテントを広げようとしている臼杵レーシング朝の風景)

 

5. 気晴らし、気晴らし、気晴らし

自分の走りがどんなだったか、ということを考えない。その日眠りにつくまで、リタイアした瞬間のことから気をそらすことが必要。友をヤジり、チームテントの片付けをしたあとは、ゴーカート、ボウリング、映画、タコス、Netflixなどの気晴らしのことを考え、ベッドで眠りにつく時もクロスワードパズルやドストエフスキーの小説やシクロクロスマガジンのFun column(この記事の掲載コーナー)を持ち込むと良い。

 

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(気晴らしとして農作業はおすすめ)

シクロクロスのレースはさほど経費がかさむものではなく、また、参加のチャンスは豊富である。アイアンマンに1シーズン前もって全額払込が要求されたり800ドルから1000ドルも1レースに払う必要があるトライアスロンほど経費がかかるわけではなく、一回のDNFがそれほどの大きな金銭的損害を貴方に与えるわけではない(丸太をバニーホップしようとしてカーボンリムを破損したのでなければ)。
なおこの比較はDNFへの対処の最終段階のためだけに使うこと。

6.  次のレースにエントリー

その翌週には次のレースがあるだろう。ホイールを借りたり、タイラップでシフターを固定してシングルギアのレースに出るのもいいし、自転車が完全にダメになったって、友達に甘言を弄して借りる話をしてもいい。レースに戻ること。

シクロクロスは楽しむためにあるのであって、DNFしたことで世界の終わりがくるわけではない。
Mathieu van der Poelですらメカトラになるではないか(その後完走して2位に入ったとかは考えない。)

上記の方法で自分はつねに成功を収めてきたので、DNF後のつらい日々を過ごす人の役に立てるといいと思っている。
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Squirrel!" って何かの俗語かな。リスっぽい考え方?深く考えない?、無心にナッツを食べるかんじ?

あと沿道から差し出される飲食物を全部受け取って”Hands up Hero"になるといいというのもあったけど、日本ではあまりやってないし認められそうにないから割愛した。米国も一般レース?だけなんだろうけどね。

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レースに行かない週末があったので訳してみました。全日本もいけないかなあ。。その失意にはリスのようにしてれば対処できる?

 

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(Photo by Sonoda-san:ふれあいパークほうらいにて、吉松さんはDNFしていませんがゴール後倒れている。レースフィールドには落車ではなくやりきった感じで倒れ込みたいですね。)

 

 

高木さんのカメラハーネス金具

高木さんについて思い出したのが、昨年2月のFacebook上のこのやりとり。私は一眼レフ二台持ちになる直前で、そうなった場合レース撮影するときのカメラの持ち方、掛け方、についてどうしたものか・・と投稿したところ、たくさんコメントを頂いた中に、その中に高木さんの以下のコメントがあった。

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 ↑の写真のカメラを支える金具のリング部分の摩耗度合いに、仕事人としての軌跡を見出した私は強く感動したのでした。

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一年中休まず日本中を西へ東へレースに飛び回っていた高木さんなので、連日の仕事でカメラハーネスの金具は日々摩耗し、ほかの色々な機材も勲章のようにさぞかし使い込まれていたんだろうな。。と思います。

そして、こういうふうに素人にさっとアドバイスのコメントをくださる、本当に大した方でした。

(しかし「お似合いです」っていう返答、どうなのか私。)

BLACKRAPID ダブル デュアルカメラハーネス DR-1 RSD-1BB

BLACKRAPID ダブル デュアルカメラハーネス DR-1 RSD-1BB

 

このダブルハーネス式は本当に良さそうではあったけれど万年初心者な趣味のおばさんにはハードコアすぎるイメージな気がして購入に至ってはいない。ただ先日の小貝川のレースでも自分の撮影体制に進歩がないことを痛感したのもあり、身体に優しく、が重要な年齢でもあり、再度考えてみようかと思っている。

 

*1:あとで見返して、背景や影がきちんとしている写真なのでこれは咄嗟にわざわざコメントのために撮影された高木さんのものではなく、どこかから引用した写真なのかも?と思って最初投稿したらFacebookで高木秀彰さんご本人がハーネスを買い替えなくてはというご自分の投稿にアップしていた写真だ、と教えて頂きました。高木康男さんどうもありがとうございます。高木康男さんのハーネス金具もすり減っているようです。

高木秀彰カメラマンの思い出

カメラマンで自転車ジャーナリストの高木秀彰さんが亡くなられたらしい。

金曜日の夜に消息が不明という情報を見てから自分も不安とその後の悲しみでいっぱいです。
彼を惜しみ、良くして頂いたという思い出が沢山流れているけれども、私もご多分に漏れず会うといつも気さくに爽やかな笑顔で、撮影やレースの見どころ等色々な情報を教えていただいた。会場にいつも当然のように存在する安定感と安心感。会うと嬉しい、親切だけれどもすごい方。大好きでした。

彼の日頃報道している学連レースやトラック競技などは、彼がいなければ情報を得ることがむずかしいものも多く、いつも各地を飛び回って精力的にレポートをしている様子に頭が下がる思いでした。

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(今年の6月、JBCF那須ロードレースにて)


このところSNSへの投稿内容も心なしかさらに熱く、ますます活発に活動されている印象だっただけに突然のニュースへの衝撃は大きい。信じたくなくて断続的に思い出しては涙している。私ぐらいでさえこうなのだから、より親しい方々の心中は想像にあまります。

本当にレース会場でもう会えないのだろうか?まだ半信半疑の気持ち。


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個人的に高木さんとのふれあいの思い出といえば、レース会場で差し入れをするのが楽しみだったこと。

最初に差し上げたのは、何かの全日本選手権級のシリアスな空気が流れるレース会場で、高木カメラマンがこちらのほうにやって来るのをみて「今あげたら迷惑かな」とそばの友人にいったら「そのお菓子は小さいし今はレースがお昼の小休止時間だから大丈夫だよ」と言われたので、おそるおそる差し上げところ、ものすごく喜んでくれて、「食べ物を持っていなかったから、すごく嬉しい」とその場で予定の倍量を完食。

その後は、遭遇した時に自作のお菓子やパンを持っていたら必ず多めに差し上げるのを通例にするようになった。


差し出すたびに「食べ物持ってなくて、助かる」というような返答があるので忙しいから敢えて食べるのは後回しにしているのかと思いつつも、嬉しそうに食べてもらえるのが嬉しかった。

最後に差し入れしたのは今年の6月。JBCFの那須ロードレース。不慣れなロードレース実業団の場で撮影している私に、位置取りのことなどさりげなく教えて頂いたり。そして差し上げたのは手作りのグラノーラバー2本。このときも笑顔で。

また補給食を持たずに旅立ってしまったのでは。もう一度差し入れをしたいです、高木さん。

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 (abemaさん提供)

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(ロードレースのイケメンを撮っているんですよ!というと僕ですか?とひょうきんなポーズ)

この日表彰式の後だったか、女子実業団レースの選手層が男子ほど厚くなくレース展開がなかなか白熱しづらい、という話になって、もともと女子はロードレースをはじめようという環境がないため、なかなか裾野が広がらない。この実業団レースで女子選手が男子のように多数出場して丁々発止の戦いをしてくれる日がくると良いのだけれど。学生のレースを見ていると、◯◯選手、◯◯選手がいまのところ注目かな。でももっと女子にやってほしいんですよ。そのためにも、女子選手も注目されてロードレース選手として活躍の場があるように現状を変えていけると良いのだけれど、こういう競技、こういう場もあるんだということで憧れて始めるような子が増えるようになるといいと思う。報道することで少しでも寄与できるといいと。。というような話を20分くらい一気に話してくださいました。

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情熱を持っていたけれど、それを他人に強い形でぶつけるというより、みずからの行動の内容のほうに現れていたような気がします。
高木さんと遭遇した記憶のあるレース会場はいっぱいあるけれども彼を撮った写真をさがしても那須以外にみつからなかった。でも、見返していて、彼が愛した世界は星空もレースも美しい、と改めて感じています。

どうぞ安らかに。ありがとうございました。残った我々もがんばります。

5つの結論というか懸案事項(欧州レースシーン本格開幕1戦目終えて)

(週前半に出た引用元HNBの記事なんですが、仕事が忙しくなって仕上げてませんでした)

Deze vijf conclusies trokken wij na het eerste ’echte’ cross... - Het Nieuwsblad

欧州での本格的シーズン開始(やっぱり米国のレースは本ちゃんにカウントしないのがベルギー流か)のGieten終わったところでの5つの結論だそうな。

結論1:好調なVan der Poelは止められない

5戦5勝。Superprestige開幕で終始圧勝。夏にマウンテンバイクに集中したことで筋肉量が増えた。技術的に優位であり、戦術的にもはや学ぶべきものは残っていない。不運がなければ毎レース勝つであろう。
※やっぱり筋肉増えたと言ってますね。目の錯覚じゃなかった。

 
結論2: Wout Van AertはいまだVan der Poelの対抗馬

米国遠征では深刻な口調のコメントもあったVan Aertだったけれども生気を取り戻しVdPの対抗馬としての位置に戻ってきた。次週のRonseは彼向きのコースので米国での不調はロードレースの走りすぎ、シクロクロス用のトレーニング不足?それらは織り込み済みだった?
※直近(10月8日)の本人ツイートはまだベストではないというコメントがあった。やはりロードに打ち込みすぎて、立ち上がりは苦労するという流れなのかな。でもこのあと盛り返してくれば。今日はBrico Crossだけどどうかな。

結論3: Sven NysはTelenetの選手たちを精鋭化

勝利はしていないが、Telenetの選手たちがまとまって目に入るようになってきた。Nysは彼の選手で年間ポートフォリオを作っていてすでに名人芸をみせつつある。誰がCorné van Kessel, Daan Soete やQuinten Hermansがワールドカップの表彰台に登ると予想しただろうか。Hermansは特にネオプロにもかかわらず印象的な走り、Lars van der HaarとToon Aerts もこの流れに乗らねばならない。Aertsにはもっと重いコースが待たれるし、Van der Haarはそこに立たねばならないところに立つクレバーさを持っている。
※ほんとそれそれ!と思うポイントですよね。いつも黒いジャージが前の方で、固まってるんだけど、いまいち判別がつかない。体格やシューズで区別つくらしいけれど。
※それまで無名の選手まで上位で走るようになったTelenet。Nysは一体何の魔法を使っているのか。このあとの若手どうしの地位争いとかあるのかな。。今はまだよくわからないですが。
※気がかりなのがVan der Haarは怪我で長期欠場していた昨シーズンの終盤に復帰したけれども、元どおりという感じではない印象だった。いまだに目立つ活躍はなくて、チームプレーをしているようにみえる。Toon Aertsとともに、今後が気になりますよね。


結論4:残りの中ではLaurensSweeckが一番。

二強の後ろは誰?いまのところLaurens Sweeckだろう。彼は勝つチャンスをすべてものにしてすでに3勝しているが、すでに多くのレースを走っている彼はいつまでこれを維持できるか?Micheal Van thourenhoutとToon Aertsがその地位を脅かす。

※二強後の世界というのは来るわけで、今の状況をみるとその次代の王者は順番からいうと彼だろうけど、顔が困ってる(ひどい)。でも、ずっと二強の後ろを走っていて安定した強さは素晴らしいですね。

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(2012年当時から困ったような雰囲気だった)

その他の懸案事項

もちろん10月初旬では結論を出すにはまだは早すぎる。
・Eli Ierbytはもっとよい環境があるのでは?という議論?があるのかな・・(←この欄英翻訳よくわからず)
※インスタで注目浴びるようになったらしいオランダ人のゴージャスなガールフレンド(サイクルモードで来日予定)とラブラブなニュースが彼の名前の検索トップってどうなのか。
・Tom Meeusenはまだ回復しきってないのか

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(2012年当時まだあどけなかったMeeusen)
※Mathieuがいるチームが彼を採用した理由って何なんだろう?あせらないで輝きを取り戻してもたいたいです。現行のサングラスが似合わないと一部で評判ですが。。

・Kevin Pauwelsはもうトップレースは勝利できないのだろうか
※彼が君臨する時代があっても良いと思うのですが。
とりあえずまだ結論は出せないけど。ということで、結論というより懸案事項列記の記事でした。私が引っかかってたポイントとあちこち重なっていて安心(?)。

 

 

 

Mouray引退か

Francis Mouray. 2005, 2007, 2009, 2010, 2011, 2013, 2014, 2016年のシクロクロスフランスチャンピオン(9回)。ワールドカップ過去4勝。

http://www.cxstats.com/wp-content/uploads/2016/01/francis-mourey-meilen-ekz-cross-tour.jpg

こういう存在感のある選手は好きです。

www.nieuwsblad.be

Francis Mourayはロードレース中心に走ってきた所属チームFortuneoとの契約が今年いっぱいで切れて更新されないのだとか。1月1日からはシクロクロスに専念し兄の運営する Valdahon clubで走る。ワールドカップはNamur, Nommay と Hoogerheideを走る予定。今シーズンでの引退はまだどうするか決めていない。2019年の国内選手権がBesançon で開催という噂があるけど、もしそうならもう1年走る、と現地新聞に語ったらしい。

ああ、FDJのジャージでロードレースと二足のわらじをうまく履いていた(ジロも総合20位ぐらいに入ったことがあるはず)印象の彼も、そろそろ引退か。。

 

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【徐々に遡るムレイの写真】

(2015年)

http://www.dewielersite.net/db2/wielersite/beeldbank2015/14231116982473aFrancisMourey2015.jpg

(2010年)

http://www.dewielersite.net/db2/wielersite/beeldbank/1280303267MoureyFrancis.jpg

( 2009年)若い。髪型マジックなだけか。今の立派なおじさんぶりはどこから。2010は顔はまだ若い。

http://www.dewielersite.net/db2/wielersite/beeldbank2/1235465600MOUREY%20Francis%20-%202009.jpg

 

ランス人の彼はワールドカップではしばしば脅威といわれていたけど、SuperprestigeやDVVなどのベルギーのレース(フランス人のニーズがないのか?招聘条件きびしかったのか?)よりもEKZ Tourなどで活躍していたのかな。15-16シーズンは総合優勝EKZ CrossTour 2015-2016 — Wikipédia16-17シーズンはHittnauで一勝。直近の国内タイトルを取ったのは2016年なので(現チャンプはVenturini)、まだいけるんじゃないかと思うんですけど。。

Francis Mourey ←たしかに今年ロードのビッグなレースにもでているけども成績は。。今年2017年、パリ~ルーベにもScheldeprijsもBeigium Tourにも出ていたのですね。すみません、ロードでの彼はあまりチェックしてませんでした。

彼がもりもり走ってレース盛り上げるの、また見たいな。
引退したらパパを一生懸命応援している息子ちゃん(二世選手にはならなさそうな丸っこい子)がっかりするかな。。

【動画】 

 勝利した13-14シーズンのNamur


Le jour de gloire de Francis Mourey - Coupe du Monde Namur Soudal

 最終戦で勝ち総合優勝を決めた15-16シーズンのEKZ Cross Tour .